鋼の

JR九州の車内情報誌Pleaseには伊集院静のエッセイが連載されていて、今月のには伊集院静は身体に金属を付けているのが嫌なので腕時計はしてないということが書かれてました。それを読んで自分も分かるなあって思いました。自分も仕事以外で腕時計をしないのは身に付けるのがなんとなく嫌だからなんですよね。

でもそんな自分が腕や脚を失って、機械鎧になったら大変だろうなあと、鋼の錬金術師24巻を読んで思うわけで。23巻を読んだ後、続きが気になって気になってしょうがなかったんですけど、ネットカフェに行ってもガンガンには手を出さず単行本を読みアニメでおさらいしたりしていて、ようやく続きが読めました。そんでもって24巻を読んだら読んだでまた続きが気になるという、楽しみだなあ。そういえばアニメのオープニングでスキマスイッチの曲は始め合わないかと思ったけど、かなりしっくりきてます。そういえば前にご飯食べてたら、有線でメリッサの2曲後にリライトが流れるという、どんだけな選曲があったりしました。

しかし鋼の錬金術師を人に説明するのがうまくできないのです。身体を失った兄弟がそれを取り戻す旅をしてるって話してても、それだけじゃないんだよ〜って感じなんですよね…。